泉岳寺の歴史


  泉岳寺の歴史 日本の歴史  
    関が原の戦い 1600年
1612年(慶長17) 江戸幕府の初め外桜田の地に創立    
    鎖国を断行 1639年
1641年(寛永18) 寛永の大火により焼失、五大名の尽力により高輪に移転    
1701年(元禄14) 浅野長矩公の墓が建立される 殿中刃傷事件 1701年
    浅野遺臣、吉良善央を討つ 1702年
1703年(元禄16) 赤穂義士、主君の墓側に葬られる    
1836年(天保7) 中門再建される    
天保年間 山門が再建され、江戸名物となる 大塩平八郎の乱 1838年
1921年(大正10) 大石内蔵助の銅像完成除幕    
1923年(大正12) 関東大震災により義士館倒壊 関東大震災 1923年
1925年(大正14) 鉄筋にて義士館再建落成される 普通選挙法公布 1925年
1932年(昭和7) 中門大修理、総欅造りとなる 五・一五事件 1932年
1945年(昭和20) 大空襲により本堂焼失 ポツダム宣言受諾 1945年
1953年(昭和28) 本堂、再建落慶される    
2001年(平成13) 討ち入り300年に因み、赤穂義士記念館建設落慶    
2004年(平成16) 旧義士館を改修。一階を講堂とし学寮講座を開始    
2005年(平成17) 旧義士館二階を義士木像館として、公開開始    




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